銀の風

三章・浮かび上がる影・交差する糸
―31話・刹那の邂逅―



いつもよりも早く出発したリトラのパーティは、
クークーに乗ってギルベザート方面に北上していた。
追い風に乗った彼の飛行スピードは速く、それでいていつもよりも楽そうにしている。
何しろ風が強いから、普段どおり飛んでも十分楽らしい。
「調子いいね〜。これなら、思ってたより早くつくかも?」
「せやな。モンスターも、ここらのはクークーが怖くてよりつかんし。」
魔物としてはそこそこの強さだが、
何しろ図体が大きいのでこの辺の空のモンスターは寄り付かない。
「あ〜……ほんと楽でいいや。」
「クークー、グッジョブだな!」
周りを他のモンスターが慌てたようによけて通っていくのを見て、
リトラも思わずおかしそうに笑った。
本当に見事によけていくのだ。
「お前ら……さわぎすぎて落ちるなよ。」
多くのメンバーがはしゃいでいる様子を見て、
どうも理解できないのかルージュはあきれているらしい。
「そうなったら困りますね。」
「困るって言う前に、死ぬと思いますが……。」
真顔でうなづくジャスティスに、ペリドが冷静につっこみを入れる。
確かに下を歩く人が小人みたいに見える高度では、落ちたら簡単に死ねるだろう。
「まー、のーみそ筋肉娘と半人前のごみ以外なら、
落ちそうになったらこのアタシが拾ってあげるから安心しなよ〜♪」
大船に乗った気でいろというつもりらしく、
自信満々にナハルティンがウインクした。
「ちょっと、何であたしは助けてくれないわけ?!」
「えー、アタシ別にアンタがのーみそ筋肉娘なんていってないけど?」
すかさず噛み付いてきたアルテマに、ナハルティンがとぼけた返事を返した。
もっとも、当然「のーみそ筋肉娘」はアルテマに向けて言っているものだ。
「あ〜ん〜た〜ね〜!あたしに喧嘩売ってんの?!」
「えー、アタシは別にホントのこといっただけだけど〜?
だって、のーみそ筋肉娘のアルテマなんて言ってないでしょ?あっはっは〜♪」
「前に言ったじゃないの!ふつうそう思うでしょ!!
いい加減にしなさいよこのくそ魔族!!」
あんまり素直に反応するので、
ナハルティンはおかしくてたまらないといわんばかりに笑い出した。
当然、面白くないアルテマはますます起こって怒鳴り散らす。
「おいおめーら、うるせーんだよ!」
「あー、ごめんごめん。ちょっとからかっただけのつもりだったんだけどね〜。」
アルテマがプルプルとこぶしを震わせていることはまったく気にも留めず、
ナハルティンはあっけらかんとリトラにわびる。
「アルテマお姉ちゃん、怖いよぉ……。」
「ほっとけ。」
おびえるフィアスには目もくれず、リトラは進行方向に目を向ける。
もうすぐ召帝に会えるかもしれないので、落ち着かないのだろう。
「う゛〜……。」
「クポー。」
ポーモルが、アルテマの肩を慰めるようにポンポンとたたいた。
まさか彼女に慰められるとは思っていなかったらしく、
アルテマはちょっとあっけにとられたような顔になる。
「あ、ありがと……。」
「優しいな〜ポーモルちゃん。」
リュフタにほめられて、照れくさそうにポーモルは頬をかいた。
「あの……ところでギルベザートって、森なんですよね?」
“ええ、そうよ。”
何故か言いにくそうに聞いたペリドに、ポーモルは不思議そうに首をかしげる。
「地図でいうと、この辺りのはずですよね?」
“?そうだけど……。”
「えっ、森なんてどこにもないよ?」
フィアスがこわごわとクークーの背から下を見渡す。
ポーモルは驚いて少し羽ばたき、同じように下を見た。
だが、どこにも森はない。あるのは平原と畑だけだ。
「(え、ええーっ?!)」
ポーモルはショックを受けうなだれた。
「もしかして、……知らなかったんですか?」
”うん……。私、森がなくなってから、
とにかくギルベザートの森に行こう行こうってばかり考えてて。
銀髪の人を見たっていってたチョコボに聞いておけばよかったなぁ……。”
そう言って、ますますポーモルは落ち込んだ。自分の住処を無くし、
仲間がいるというギルベザートの森だけが最後の希望であり頼みの綱であったのだろう。
気の毒だしかわいそうだが、こればかりはもう手遅れだ。
「と、とりあえず一回降りてみましょう。クークー、着地してください。」
ポーモルが行きたがっていた森はなくても、ここには召帝が居るかもしれない。
とにもかくにも、一度降りる必要があった。
「クー!」
クークーは急速に高度を下げ、眼下に広がる草原に着地した。

「うっわー……あ、あの辺りに畑があるってことは、近くに村か町があるはずだよね。」
アルテマが指差した先には、きれいに作物が植えつけられた野菜畑と休耕地が見える。
少し遠くには、集落も見えた。
「こんなところに、召帝が……?」
のどかな光景だ。と、言うかほとんど何もないというべきか。
こんな何もなさそうなところに、果たして居るのだろうか。
「そう言うけどなリトラはん、確かにめっちゃ近くにいるで。」
「……ガセじゃねえだろうな?」
「うちがほら吹いてどうするんや。ほんまに決まってるやろ!」
リュフタがそういっても、まだリトラは疑わしげに見ている。
今までなかなか見つからなかったせいで、
疑り深くなっているのだろう。
「まぁ、主人の居場所を間違えるようじゃ、
そもそも幻獣失格だろうけどな。」
「あんた……相変わらずいやみったらしいね。」
アルテマは、今更ながらそうつぶやかずにはいられなかった。
何でこんなのがパーティに居るんだろうと、これも今更なのだが思わずそう考える。
「とりあえず、近くにいるんでしたら早速探した方がいいと思います。」
「うん、ペリドの言うとおりだね〜♪で、リトラ。
召帝の手がかりは?」
ナハルティンがリトラに聞いた。
手がかりがなければ探すことはできないのはもちろんだが、
彼女としては見た目以外の情報が多いと探しやすい。
「えーっと、銀髪で背は170センチと少しくらいだぜ。
で、たぶんローブを着てる。後は……『鍵』が光の力を持ってるらしいから、
それを頼りに探してくれよ。」
「光の力ですか。それなら私も得意です。」
ジャスティスが自信ありげに言った。
確かに光の力は天使の専門だ。半人前とはいえ、少しは期待できそうだ。
「よーし、手分けして探そうぜ!」
こうして、召帝の捜索が始まった。

―1時間後―
3つのグループに分かれて始まった捜索活動だが、いまだに召帝の姿を見つけることは出来ない。
さえぎるものがない草原で、しかも近くに居るはずなのにだ。
「むかつく……なんでみつかんねーんだよ!!」
ぶちきれたりトラは、ご乱心といった様子だ。
肩をいからせて、がさがさ茂みを掻き分けて進んでいく。
草丈がリトラの胸の辺りまであるので、ものすごく動きにくそうだ。
当然その状況も彼の怒りを確実にあおっていた。
「リトラ、怒んないでよ〜。」
「せやでー。ほんまに近くに居るんやから。」
「近く近くって、さっきからそれしか言ってねーじゃねえかよ!
この穀潰しうすのろ役立たずウサギリス!!」
とうとう3つの罵詈雑言が冠せられるというゴージャスなあだ名で怒鳴られ、
さすがのリュフタも本気でカチンと来た。
「な、なななななんやとーーーー?!!!
うちだって、そらもう全身の神経を超極限までとんがらせて捜しとるのに、
何で穀潰しうすのろ役立たずウサギリスなんて言われなあかんのや!!
そういうあんさんは、お短気瞬間発火装置のへぼ召喚士やないか!!」
「んだとこんのぉーーー!!」
「そっちこそしつこいで!」
バチバチと激しく飛び散る火花。
にらみ合う勢いだけで、紙に火がつきそうな勢いだ。
「うわ〜ん、けんかしてたら見つかんないよーーーー!」
たまりかねたフィアスに怒鳴るが、両者とも全然やめる気配がない。
そこで、フィアスはいきなり最終手段に出た。
「いいかげんにしてよ〜〜!
け、けんかやめないと2人ともナッシアぶつけるよー?!」
「わ゛ーーー!やめろ殺す気か?!」
リトラが血相を変えた。さっきまで沸騰していたのに、今は真っ青になっている。
いくらフィアスの上手くない古魔法とはいえ、
喰らえばそれ相応に痛い。喰らいたくないに決まっている。
「う、うちらが悪かったさかい!だから、落ち着いて、な??」
こんなところで喧嘩していたところで召帝は見つからない。
どうにかフィアスをなだめてから、再び捜索を開始した。
もっとも喧嘩してばつが悪いのか、リトラとリュフタは口を利かなかったが。
がさがさと茂みを掻き分け、つま先立ちになったりまばらに生えている木に登ったり、
考えられる手段は全部使って召帝の姿を探し続ける。
「おーい!みつかったよー!!」
少し遠くから、アルテマの声が響く。
「え、マジか?!見つかったって?!!」
リトラが興奮気味に返事を返した。
言葉とは裏腹に、とてもうれしそうだ。
「嘘ついてどーすんのよ。
あんたらで最後だから、まとめてデジョンズで行くからね!」
ナハルティンが、珍しく詠唱を唱えている。
程なく詠唱は終わり、空間の裂け目にリトラたち全員が飲み込まれて消えた。

ほぼ一瞬で転移が完了し、リトラたちはついに召帝の前に立った。
人がいきなり目の前に現れたことにもかかわらず、わずかな驚きさえしない。
「おや……やぁ、久しぶりだね。」
穏やかで飄々とした、それでいて王たる風格を備えた20代後半の男性。
もっとも、実年齢はその約3倍であろうが。
自分の立場を承知の上なのだろうが、それなのにのんきに挨拶してきた。
「……召帝!」
リトラは眉間に眉を寄せ、奥歯をぎりっとかみ締める。
ようやく見つけたリア帝国の長。逃すわけには行かないのだ。
「はるばるご苦労だったね。以前に見たときより、成長はしたのかな?」
だがリトラの思いをよそに、召帝はあくまで自然体だった。
自国民とはいえ追っ手であるリトラを前にしているのに、
緊張どころかリラックスしているようさえ見える。
「やっと……やっと見つけたんだ。
今度こそ、足ぶった切ってもリアに連れ戻してやる!!」
リトラが周りの草に念をこめた手をかざす。
草はリトラの意に従い召帝を捕まえようとうごめき巻きつこうとしたが、
召帝が同じように念をこめた手を宙にかざし、かまいたちでそれらをなぎ払ってしまう。
次いで、精神集中のみを省略して素早く詠唱したファイアを、
掠める程度にリトラの右手に放った。
利き手をやけどしたことにより、第二撃を用意していたリトラの集中はさえぎられてしまう。
軽く焦がされた右手を押さえながらリトラは召帝をにらみつけた。
「なかなかいい腕前だけど、私が地形と黒魔法を使えることを忘れたのかな?
私はこれでもリア帝国と召喚士の長なのだけれどね。」
「ってっめー、このやろぉ!!」
「すまないが、余はまだ帰るわけには行かないし、
ましてや足を切られるわけには行かない。……アルブム、おいで。」
涼やかな響きを伴ったその声で宙に呼びかけ、右手を伸ばす。
呼ぶ声に応じ、つむじ風と共に一体の幻獣が現れる。
「承知。」
堂々たる風格と美しい毛皮を持った白虎。
周りに漂わせる強い風の力から、かなり高位の幻獣だろうと伺える。
素早くまたがった召帝を乗せると、地を蹴って宙に飛び上がった。
そのまま、見下ろすように空中を浮遊する。
「おいこら待て!」
「時がくれば、いずれまた会おう。……アルジュ。」
意味ありげな言葉を残し、アルブムと呼ばれた白虎にまたがった召帝の姿は遥か天空へと舞い上がる。
まるで、今までのリトラの道のりや努力を否定しあざ笑うかのように。
それでもあきらめずに、
右手のやけどをこらえて白虎を叩き落そうと放ったトマホークは、
飛距離が足りずにそのまま戻ってきた。
「ちくしょーーー!!!」
ダンッとリトラが右足で激しく地面を踏みつけた。
睨みつける先は、当然召帝が去っていった方向。
「また逃げられてしもうたなぁ……。」
「今度こそ、逃がすもんかって思ってたのによ……!」
心底悔しそうなリトラの顔は、リュフタですら初めて見るものだった。
ルビーのような瞳が、炎のようにめらめらと燃えていた。
悔しさと怒りか、それとも己のふがいなさか。多分それらがまぜこぜになっているのだろう。
「リトラ……。」
アルテマはそれ以上どういっていいかわからずに、口をつぐむ。
「気持ちはわからなくもないが、逃がしたものをくやんでも意味はないだろ。
それよりも、これからどうするかを決めたほうがいいと思うけどな。」
「……――そう、だな。」
気持ちの整理がつかなくても、こうしている場合ではない。
ルージュに言われるまでもなく、それはリトラもわかっている。
「ところでさ、アンタの所の召帝は何で逃げ出したわけ?」
「知らねえよ!知らねえけど……あいつは『鍵』を持って逃げてる。
前も見つけたけど、今みたいに逃げられちまった。」
王妃にすら何も告げず、置手紙も残さず、鍵だけ持って消えた。
それしか、リトラも本国に居る城の者達も知らない。
そしてさっきのようにリトラと遭遇すると、追う暇すら与えず逃げてしまう。
「……それって、変じゃないですか?」
「変?」
ペリドの意外な言葉に、リトラはあっけにとられたような顔で彼女を見た。
考えたこともない。そんな顔だ。
「仮にも一国の主じゃないですか。
それに、リアの今の召帝殿が愚王とは聞きません。
そんな方が、どうして誰にもわけを言わずに出て行くんですか?」
「そうだよね、王様いないとみんな困っちゃうのに。」
フィアスもうんうんとうなづく。
バロン王であるセシルを養父に持っているからかもしれないが、
こんな年端の行かない子供にでもわかることだ。
「……だよなぁ。改めて考えてみれば……いくらなんでも変すぎだぜ。」
リトラは考える。
何故召帝は理由も告げずに逃げ回るのか、
どうして鍵を持って国を出たのか。
その謎を解くためにはどうすればいいのかは、今はまだわからない。
とりあえずこれからの行き先を話し合うためと、
休息をとるためにパーティは先ほど見えた集落に行くことにした。


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リトラ、召帝に逃げられるの図(図じゃないじゃん)
また2ヶ月かかったーーーーー!!(絶叫)しかも短いです。
我ながらもういやだ……このペース。このままだと、俺社会人になっても書いてそうです。
とにもかくにも新章突入。ボス戦もそろそろ欲しいところですが、
セシルたちの疫病騒動(すでに忘れかけ)もどうにかしないとですね。